ともこの「そうだったらいいのになァ」
「臓器移植法」に気をつけて!! 私にこんな質問が寄せられます。 “脳死”になったら何も感じないの? 臓器移植でたくさんの人が助かりますか? “脳死”は本当に助からないの? 外国ではたくさんの人が臓器移植を受けていますが…
脳死になったら死んだことになるのですか?
人の臓器移植はどんな社会を生みますか? あなたの人生、交換可能ですか? もっと一人一人の生き方、体が大切にされる社会の方が人間的ではないかしら。 「臓器移植を進めるよりも、もっときちんとした治療を!」 「脳死と言われてドナーとされる前にもっと人間的な医療を!」
「ノンドナーカードを持っていますか?」 本当にいのちを大切にするのなら、臓器をあげたり・もらったりという発想がいかに異常 であるかがわかるはず。ダメなものはダメ!イヤなものはイヤ!私達の主張はこれで十分。 ドナーカードを持たなくとも、臓器は盗られます。「臓器提供いたしません」とハッキリ意 思表示した「ノンドナーカード」を持ちましょう。一人一人が自分の意思を周囲の人達に伝 える武器であると共に、家族や友人・知人の臓器移植に対する話し合いの道具としていただ きたいと願っています。1枚100円のカンパでお分けしております。

お申し込みは
「脳死」移植110番 東京・大阪まで
・TEL & FAX 03-3730-5003
・TEL & FAX 06-6315-7273
それでも起きる人権侵害、身に危険が迫った時、そういう情報を見聞きした時も上記の 「脳死」移植110番に御連絡下さい。
主旨・内容は、以下の目次よりリンクして見て下さい。
臓器移植法に関するメッセージ目次 |
第140回国会において「臓器移植法」が成立し、1997年10月16日からスタートしました。
1994年4月に初回の移植法案提出がなされ、それに対し同年6月朝日新聞紙上に「反対す
る意見広告」が医師・文化人等多数の
賛同により掲載されました。
その折の呼びかけ人であります廣澤弘七郎・渡部良夫両氏をはじめ、世話人事務局
松本文六・阿部知子を中心に、その後活動を開始した委員会です。
主眼は「脳死・臓器移植」の問題が単に医療のみならず人間の歴史・文化・社会に測
り知れない弊害をもたらすものという
認識に立ち、論議を掘り下げ、強く警鐘を鳴らしてい く為の学習会・シンポジウム、そして意見・情報交換の場を持つことにあります。
法案審議中にも第139回国会会期中に5回、次の第140回国会会期中に5回、計10回の議員
会館内勉強会を、関西市民の会の
皆さんと共同主催し、各界のシンポジストをむかえ、法案の問題点を国会議員に対しても指摘して参りました。
今後とも「脳死・臓器移植」にかかわる諸々の課題を、人類史的観点に立ち、また、全世
界でこの問題を大きな危機と考える方々
の運動とも連動して考え訴え続けていきたいと思い ます。
現在は、シンポジウム年1〜2回開催、また記録集や関連資料送付、ニュースレターの発刊の活動をしております。
事務局体制の充実と継続性を持った活動とする為に、多くの皆さんの御賛同・御加入をお待ちしています。
入会申し込みは下記「脳死・臓器移植を考える委員会」まで
御氏名・御住所・電話・FAX等ご連絡先をお知らせ下さい。
●阿部知子 〒100-8981 千代田区永田町2−2−1 衆議院第一議員会館303号室
阿部知子事務所内 TEL 03-3508-7303 FAX 03-3508-3303
●松本文六 〒879-99 大分市中戸次5956 天心堂へつぎ病院内
TEL 0997-97-5777 FAX 0997-97-7231
●委員会の年会費は、個人一口2千円・法人一口5千円とさせていただいております。
郵便振替:00110−1−17596 「脳死・臓器移植を考える委員会」
銀行振込:大分銀行 戸次支店(普)303119「脳死・臓器移植を考える委員会」
脳死・臓器移植を考える委員会のホームページです。皆様の御意見をお待ちしています。
「脳死・臓器移植を考える委員会」へリンク
☆勉強会報告集「愛ですか?臓器移植」
脳死・臓器移植を考える委員会編 社会評論社刊
定価2400円+消費税
臓器移植法案の国会審議中に議員と市民の勉強会を開催しました。
脳死・臓器移植の本質的論議と見直しのために、議論を重ねた勉強会の報告集です。
愛という名によってドナーカードばら撒き運動が推進される中、
私共は再度問いかけます「愛ですか?臓器移植」と。
法施行後の年表を追加、また各筆者のコメントも追録、新レポートも加筆した改訂版を当委員会で販売しております。
臓器移植法や厚生省令及び運用ガイドラインは、私達がこの間指摘し、警告し続けてきた
救命救急医療及び移植医療で
繰り広げられる患者への重大な人権侵害に相当する行為が何ら 規制される内容となっていません。
特に
そこで私達は「脳死」臓器移植による人権侵害発生防止と救済を目指し、患者・家族のホ
ットラインとしての
「脳死」臓器移植110番を開設しています。
受付電話・場所:
東京 03-3730-5003 「脳死」移植110番
東京都大田区蒲田5-32-8-503 綱川事務所内
大阪 06-6315-7278 脳死臓器移植による苦情ダイヤル
大阪市北区西天満4-3-3 星光ビル2階 冠木克彦法律事務所内
御一緒に勉強会を重ね、反対声明文も表明している「全国交通事故遺族の会」
のホームページを御紹介します。
ドナー側の人権を強く訴えられます。予期せぬ事故に巻き込まれ、御家族が脳死と言われる状態になられた時の
心理状況は如何なるものか御存知ですか?
「全国交通事故遺族の会」へリンク
看護婦さんが中心となり医療を考える勉強会を重ねています。脳死・臓器移植の紙芝居もあります。
「医療を考える会」へリンク
徳山大学・粟屋剛教授のホームページを御紹介します。
精力的に世界を廻り取材を重ねたナマのレポートです。世界の臓器移植の実像に迫ります。
「徳山大学医事法社会学研究室」へリンク
「脳死・臓器移植の持つ意味」
ー医療にとって、そして市民にとってー
一、高知赤十字病院での出来事
一九九九年二月下旬、折しも活発となっていた新日米ガイドラインに関連する
周辺事態法案の提出をめぐる諸政党の動きすらかすむ程に、脳死臓器移植再開第
一例を報ずることにマスメディアは必死でした。
人間の命をめぐる問題は、「戦争か平和か」という抽象的論議よりも、ある一
人の命がどうなるのかと問いかけられた方がずっと身近になります。例えばそれ
はこの間の脳死・臓器移植問題では「移植以外では助からない○○ちゃんの命」
報道としてよく取り上げられていました。そして今回は「命が助からない=死ぬ
ことによってドナーとなる」女性患者をめぐる報道となりましたが、ドナー側は
生から死へ、そしてレシピエント(移植を受ける側)は瀕死の状態から生へとい
う全く逆の向きを持った存在でした。そのドナー側の“待たれる死”の報道に異
和感を持たれた方もきっと多かったでしょう。
移植医療、とりわけ脳死・臓器移植の持つそうした宿命が今回国民の多くに実
感されたことと思います。
二、ドナーカードの意味
もちろん移植医療が二つの命の間に成り立つものであることは、これまでも知
識としては国民に理解されていたと思います。そして脳死を死とは認め難い国民
感情を考慮して、「臓器提供の意思のある場合に限って、脳死を人の死と判定し、
臓器を摘出してよい」とした臓器移植法が成立したのが一昨年の六月でした。
臓器提供の意思の有無によって二通りの死が出来てしまう、あるいは脳死が医
師によって一方的に判定される死であるという矛盾を抱えたままで出発したこの
法律に則って、ドナーカードの配布が二千万枚以上行われて約一年半が経過しま
した。
けれども、「臓器移植法」の中に死の判定基準が取り決められるという本末転
倒した法をつくったことから、死は移植のための手段となってしまったように思
います。それは心臓死であれ脳死であれ、これまでの結果としての死(死の追認)
から、「待たれる死」へと死の看取り方を変えてしまいました。ドナーカードよ
りももっと簡便なドナーシールも登場したり、コンビニにもカードが置かれてい
る状況をみると、人間の命がこんなにも軽くなってしまったことに慄然とさせら
れます。
三、救命救急現場での治療
この高知赤十字病院に救急搬送された患者さんは、到着後すぐに「最重症のク
モ膜下出血で救命は困難」あるいは「切迫脳死」と宣告されているようです。
「助からない」、「脳死」という言葉を次々と言われた家族の気持はいかばかり
かと察せられますが、それ以上に救急現場の医師としてはあまりにも早すぎる
「ダメ宣言」=治療放棄だと思います。通常、救急救命センターには心拍も呼吸
も停止したような状態で運ばれる患者さんは多数いますし、到着した時点で諦め
ていたらほとんどのケースは救命できないことになります。
同じように最重症のクモ膜下出血で動脈瘤から再出血を来たした男性患者さん
が、日本大学の板橋病院で脳低温療法を受け救命されたことが放映されていまし
たが(一九九七年二月二日NHKスペシャル)、救急現場での医師の考え方、救
命努力の差はあまりにも大きいと言わざる得ません。
まして、テレビ会見等で主治医として登場する西山医師は、実はこの患者の到
着時点からの担当医ではないことが、三月十五日の厚生省会見で明らかになりま
した。
患者家族がドナーカードを提示したのが搬送翌朝の九時すぎ、そして十時には
じめて主治医として登場したのが西山医師です。この患者の救命判断にとって、
本当に重大な意味を持った到着から翌朝にかけての担当医と家族とのやりとりは
今も霧の中です。
ドナーカードが提示されて以降の主治医西山医師は敢えて言えば、心臓死であ
れ脳死であれ「移植までの臓器提供をスムーズに運ぶための主治医」であったか
もしれません。
「まだ」死んでいないと言わんばかりに繰り返される脳死判定作業は、実は患
者の救命の治療とは全く異なります。患者を決定的に脳死へと陥らせる無呼吸テ
ストが安易に反復されたことは何よりもそれを物語っています。
四、移植を受ける側
最終的に脳死判定を受けた患者から摘出された臓器が箱詰めにされ、全国へと
散らばっていく様子もまた国民に異和感を与えたことでしょう。今日までのとこ
ろ心臓・肝臓・腎臓の移植を受けた患者さんの容態は安定していると伝えられて
はいますが、今後のことはまだまだ予測がつきません。
この間の移植にあって、レシピエントとして移植の適応判断、選択基準などは
全て移植ネットワークに委ねられていますが、実はその内容の公開は全く行われ
ていません。
パソコン上にどんなレシピエント側情報が入力されており、また何時の時点で
ドナー側情報と交信されたのか、機械に入力するのは実は他ならぬ人間の手です。
救急搬送の翌日に早々と登場している移植コーディネーターが何時、何をどの
ようにネットワーク本部に伝えたのか、またレシピエントと決定された患者さん
達にとって移植が最も適切な判断と言えたのか否か、公平性は保たれたのか、全
てはこれからの情報公開にかかっています。パソコン処理に隠された密室の移植
ネットワークの透明性を高めることは、実は今後の大きな課題と思います。
根源的な問題孕む小児の脳死判定・臓器提供
<はじめに>
1997年6月17日、我が国でも臓器移植法が成立し、その3年後の見直しを間近
にひかえて、小児の臓器移植が俎上にのぼっている。
去る1998年3月、竹内一夫杏林大学名誉教授を班長とした小児脳死研究班が発
足し、国内1220の医療機関から暫定基準案(米国のガイドラインと同じく1回目
と2回目の脳死判定の間に、生後28日以内の新生児では48時間、1才未満の乳児
では24時間、1〜6才未満では12時間の観察時間を置く)に基づく小児脳死症例
約140例を集めて分析を開始した。
その結果、「深い昏睡」「瞳孔の固定」「脳幹反射の消失」「平坦脳波」「自
発呼吸の消失」という竹内基準の五項目で6才未満の脳死判定も可能であるが、
その判定を生後3ヶ月以降、判定間隔24時間以上とする方針が正式決定された
(2000年3月15日新聞報道)。
また小児の脳死移植実現には、現行の臓器移植法が認めていない15才未満の臓
器提供も課題となっており、別途、厚生省研究班が検討を進めている(「臓器移
植法の法的事項に関する研究」)。
その主な内容は、子どもの場合と限らず臓器提供を死体からの角膜や腎移植と
同様に家族の同意・忖度があれば可能としようとするもので、それが来るべき法
改正の主眼とも言える。
これら二つの動きはそれぞれに大きな問題点を持っているが、ここではまず小
児の脳死判定基準の非科学性・非倫理性を指摘し、臓器提供の本人意思をどう考
えるべきか、更に親による子どもの臓器提供の可否について述べたい。
一、小児脳死判定基準の非科学性 a、竹内判定基準の問題点
そもそも1986年に竹内基準が発表された当初から、この判定基準は、評論家の立
花隆氏をはじめとして医学界の外からも「非科学的」とする批判を受けたもので
ある(中央公論社『脳死』1986年)。
脳死判定の条件を満たしてから何時間かの経過観察によって「生き返った例が
ない」から「死亡」とする論法は、「死という結果」をみて溯って死とするとい
う大きな論理矛盾の上に成り立っている。立花氏はこれに関して、集められた症
例には例外も多く統計処理上も問題があることを指摘した上で、脳の機能停止
(機能死)に対し、器質死=細胞死を対置することを主張した。
また医学界の中からもより詳しく脳幹反応や脳血流の停止を証明すべきである
とする意見も出されたが、これらいずれもが脳死の定義や「脳死判定」の厳密さ
という点に力点がおかれていた。その一方で、人の死という社会的文化事象を脳
死との関連でどう考えるかの論議や、死の決定に際しての本人の同意をどう考え
るかについては全くおざなりであった。
立花氏や医学界からの批判に対して、厚生省は5年後に再度竹内研究班を設け
て検討するが、医学的論議は深められることなく、基準の正当性を自ら再確認す
るに終った。
こうした論議の延長上に今回の小児脳死判定基準があることから、眼目はもっ
ぱら回復不可能であることを証明する為の経過観察時間に置か れることとなった。
その結果、小児では脳の可塑性が高く、集められた症例の中にも脳死判定の1
ヶ月後に脳波が出現した新生児例(奈良県立奈良病院)の報告があったことなど
により、判定基準は生後3ヶ月以上とし経過観察時間を24時間とする方向性が出
されたと思われる。しかし24時間である絶対的根拠はもちろん存在しない。ちな
みに今回の研究班に寄せられた報告の中にも脳死判定後心停止まで340日経過し
た1才3ヶ月男児例(杏林大学)や、300日以上脳死状態が維持され成長が観察
された11ヶ月男児例(兵庫医大)などを含め脳死判定後長期間の脳死状態の維持
例が5例も報告されているという。
今回の検討症例の詳細や、研究班内部でどのような医学的・科学的論議が行な
われこうした結論となったのかは研究班の責任において国民に広く明らかにされ
るべきでもある。 そもそも今回集められた症例は、この研究班の設置後発生した例がきわめて少
ない(11例?)と聞く。即ち1998年以前の症例が140例中の大半であるなら、こ
れらは今回の暫定基準で判定されたとは言い難く(当時の治療や判定方法は必ず
しも現在と同じではない)、故に統計上も同一処理出来ない(前方視的、後方視
的の別)性質のものである。逆にわずか十数例の分析のみで小児の脳の可塑性を
計る判定基準を作成したとすれば学術的にも全く信頼性がない。 回復不可能という論拠が非科学的である以上に、屋上屋を重ねるかの如き研究
班の恣意的な症例検討は学問的にも「曲学阿世」である。
脳死問題についてまわるこうした医学の名による人間の死の操作は、実は全く
医学的根拠を持たない、極めてイデオロギー的側面の強い手法である。このこと
は私自身繰り返しいくつかの誌上に発表してきたことで、脳死推進側は一貫して
「非科学的」かつ世論操作的であると思う。
二、 世界の論議
かつて私自身が経験した脳死に極めて近いと思われる長期生存症例を精神神経
学会誌上でも発表したが、私の病棟では患者に負担の強い脳死判定(とりわけ無
呼吸テスト)は実施したことが無い。私どもは患児の治療上何ら意味を持たない
脳死判定はする必要もなく、またすべきでもないと考えているが、その中でも患
児の臨床経過からみて脳死判定を当てはめうる例を数多く経験し、またそうした
患児達が長期に生存する(心停止まで時に数年以上を生きる)ことをみてきた。
1998年のアメリカ神経学会誌に発表されたロサンゼルスUCLA小児神経教授
シューモン博士の論文はこうした私共の臨床的経験を明確なデーター分析により
実証してくれた。「遷延性の脳死」と題するその論文は米国でも投稿が受理され
てから掲載まで2年近く待たされたというが、脳死判定基準を満たした175例中、
分析に耐え得る十分な条件を備えた56例を対象に、判定後の生存曲線とそうした
患児の状態分析をしたものである(Neurology vol.51、1998年12月号)。
本年3月6日、縁あって私の母校の東大病院に彼を招き、医局で講演していた
だく機会を得た。彼も当初は概念的に脳死を死と考えていたが、その後いくつも
の症例に出会うことで「脳死を死とすべき医学的根拠がない」という結論に達し
たという。 彼は脳死を考えるに際して、@ Relationship(周囲との関係)、
A Consciousness(意識の問題)、B Response(反応する)ということの3点か
ら死とは考えられないと語ったが、とりわけ彼にとっては脳死患者から受けた
「確かに存在している」という実感が大きな転換点であったと述べている。
彼の報告中、最長の生存例は今年で16年になり、母親の献身的な看護を自宅で
受けるその少年と母親には特別な関係性が成り立ち、またこの十六年間に成長も
しているという。母親と母親以外の人が近づくのでは心拍も変化し、彼はそこに
存在していることで「存在から生ずる」意識もあるだろうとシューモン博士は考
える。
また意識は神経学的には大脳皮質や脳幹に限局したものではないことを、彼は
無脳児の例をビデオ提示しながら私達に示した後、「人間の意識は四肢末端から
も発生してくる」ことを学問的に考察した。 存在と意識という、ともすれば哲学的に論じられる問いに、医学を持って答え
ようとする彼の姿勢に多くを教えられるとともに、内臓知覚や位置覚の失った手
足への幻覚などの意味を更めて考えさせられた。
「脳死状態での臓器摘出は患者に痛みを与えているかもしれない」という指摘
は、脳死患者からの臓器摘出時に麻酔が使われるようになったことからみても、
移植推進側の医師達の頭をすらかすめる事象である。 周囲に反応して血圧や脈拍が変動し、ホルモンが分泌され尿や汗や涙が出る状
態、まして摘出される臓器に痛みを感ずるとしたら、果して脳死を死とする根拠
は何かと問う医学者は欧米でも一人彼のみではない。紙面の都合で、ここでは紹
介出来ないのが残念である。
また一方で、むしろ移植のドナーをもっとふやす為にも脳死以外の死の基準を
求める声も上げられている(ヘイスティングセンターレポート27、1997年1月〜
2月「脳死を放棄すべき時か」)今一度、脳死を死とすることは医学という学問
の中でもより科学的に論じられるべきであると私は思う。
医学という学問が人間の存在や意識という次元までも含めて把握する努力が今
必要とされる。
<最後に>
そしてこうしたことの結果は、親は脳死と判定された子の臓器を提供出来るか
否かにもかかわってくる。 もちろん親には本来子どもという存在を絶対的に守るという役割しか与えられ
ていない。それは子ども達がこの世に生を受けた時から、親や保護者の腕に抱か
れることによって、或いは寝かされた己れの位置からも感覚や意識を発達させて
いくという事実とも深く関連している。
絶対的な保護者を必要とする幼子は、親の表情や感情の一つ一つに身を委ね、
身を守られながらしか生きることが出来ない。 親が親自身の悲しみから「我が子の臓器提供」を考える時、脳死と判定された
子は最後の守りである親の手とも切り離されてその存在・肉体を切り刻まれてい
く。
私は日頃子ども達の臨終に際して、子ども達の目から出る涙を数多く目にする。
それは死という、肉体的な別れに対しての子ども達から親への「さようなら、守
ってくれてありがとう」であるかにも見受けられる。 しかし臓器提供にあっては子ども達は最後の守りを奪われる。親の意志により
最後の時を手術台の上で臓器提出されることで迎える子ども達の流す涙はあまり
にも悲しい。
小児からの臓器提供は脳死判定の非科学性以上に非人間的である。
・レポート・(1999年10月)
「親は子どもの臓器を提供出来るか?」
―小児の脳死判定基準作成の問題点―
一、俎上に上がる“臓器移植法改正”
一九九七年六月に制定された臓器移植法に則って、一九九九年二月から既に四件の脳死・
移植が実施された。高知赤十字病院、慶応病院、宮城県古川市立病院、そして千里救急救
命センターと、たて続けに設立主体も治療陣容も異なる四つの病院が脳死からの臓器提供
の場となったが、再開第一号の高知赤十字病院での女性のケースも含めて、ドナー患者さ
ん達の治療経過を外から検証出来る状況は全くない。ドナー・レシピエントをめぐる情報
は患者家族の希望やプライバシーを理由にほとんど全て非公開であるし、移植オンブズマ
ン的役割を担うはずの委員会も形式にとどまり、真に第三者機関と言うには程遠い。ほと
んどの国民にとっては、何回も繰り返される脳死判定報道と「青いクーラーボックス」が
テレビに写し出されるのみである。
二、小児の脳死判定基準
一九九八年一月、再び竹内一夫杏林大学名誉教授を起用して厚生省の小児脳死判定基準の
研究班が設置された。そして同年の五月から十月までに暫定基準案に基づき十一例の小児
脳死症例の報告を受け、過去十年間の記録からまとめた症例を合わせ百三十二例の症例を
集め新たな基準作成に入ると、十二月には報告された。
三、脳死の生存例
この手法の非科学性をかつて立花隆氏は、「脳の機能死か、器質死か」という論軸を設け
て鋭く批判した。
四、本人・家族同意と臓器のモノ化
いくつかの脳の反射や機能の停止に基づく判定基準の非科学性は、成人・小児を問わず存
在するが、逆に立花氏言うところの完全な器質死を証明すれば、それが人間の死の基準足
りうるだろうか。
五、子ども達の生と死
法改正により本人同意の枠がはずされ、家族の同意で子どもの臓器提供が求められた時、
親は我が子の死という現実を受け入れ難い分だけ、「せめてこの子の体の一部でも、どこ
かで生きていて欲しい」と願い、提供同意をするかもしれない。
しかしそんな中からも、次から次にテンデンバラバラに実施される脳死判定と頻発する
“手順ミス”によって、脳死・臓器移植のほつれが垣間見えてくる。
そうした不手際の数々に、厚生省は脳死判定ガイドラインマニュアルの徹底という形で対
処しようとしているが、そもそもこうした事態が多発すること事体、脳死近辺の病状を治
療する医師・医療側の貧弱さ、しいては救急医療の手薄さを物語っている。
にもかかわらず、いわゆる移植推進側は、屋上屋を重ねるかの如く臓器提供ドナーの拡大、
臓器移植の普及を目指して“法改正”を準備している。
厚生省の科学研究費を受けた研究班でも、本人同意に限らず家族の同意によって移植が可
能となるような方策が提示され、合わせて小児からの臓器提供も可能となるよう、六才以
下の小児の脳死判定基準作りが浮上してきた。
更に今年に入り、約百五十例と集計される症例を基に検討作業を進め、年内にも判定基準
の策定が予定されている。
その背景には、現行の判定基準は六才以上を対象としているが、その策定時に「小児は成
人に比べて脳の回復力が強いこと」と症例報告が少ないことの二点により、六才未満が除
外された経緯がある。
今回の基準作成にあたり、こうした問題点がどうクリアされたかは実は明示されていない。
第一点目の小児の脳の回復力についても「何故か」という考察はなされずに、取り合えず、
脳死状態の観察時間を大人よりも長くみる(大人は六時間以上を二回、小児は生後二十八
日以内は四十八時間以上、一才以上六才未満は十二時間以上)方向で進められている。
また症例数に関しても、研究班設置以降の症例は多く見ても二十数例であまりにも数が少
ない。その他の大半は過去に溯りカルテ等から集計したにすぎず、その判定方法もまちま
ちである。統計学的にみても今回の基準策定の為の適切な分析材料となり得ず、単に当時
の治療レヴェルと臨床的判断において救命し得なかった症例と理解されるべきである。
これらの根本的欠点を合理化する為に「一例も息を吹き返した症例はない」ことが基準の
正当性のように言われるが、極めて非科学的かつ本末転倒の論法である。
こうした非科学性は脳死論議の当初から常に付きまとっていたが、たとえ何百例と「生き
返らなかった」症例を集めようとそれは結果であって、「故に死である」という証明には
何らならないのである。
脳死判定竹内基準を満たす症例では脳は単に機能停止しているに過ぎず、それが不可逆的
か否かは器質死(細胞死)を証明しない限り断定出来ないとする立花の指摘は、その後の
日大板橋病院林教授による脳低体温療法で実証されることとなる。
通常の体温では脳の血液循環障害によって次々と死滅していく脳細胞も一定期間三十四度
C内外の低温に置くことで、一時細胞膜の電位が放電レヴェル以下となり、全ての外界へ
の反応は停止したかに見える(機能停止)が、細胞膜の崩壊は免れ、やがて復温とともに
活動を再開する。この事実を脳蘇生に応用した林教授の脳低体温療法は、「日本発の画期
的脳保護蘇生術」として世界的に認知されるようになったのである。
小児の脳損傷の折にみせる強い可塑性、回復力もおそらくこの細胞膜の発達・成熟と関係
していると考えてよい。
また個々の神経細胞を死滅させない治療法は、こうしてこれからも着実に進歩していくで
あろう。
今回の調査に寄せられた症例の中でも、一時期判定基準を満たす状態となった新生児に脳
波が再度出現した例や、仮基準に基づく脳死判定後三百十日生存した乳児例、あるいは三
百四十日生存した幼児例もある。
またアメリカでは十六年の長期生存例も報告されている(UCLA、Drアラン・ショ
ウマン)。
これらの事実を前にして、脳死判定基準の医学的根拠は今明らかに揺らいでいる。そして
脳死判定された子らの心臓が、何故、この子らの体内で打ち続けることよりも、ドナーと
して摘出され、他の子の中で生きなければならないのか、その選択・選別の基準が何であ
るのかが問われることだろう。
スウェーデンなどで採用される全脳梗塞(血管造影による血流途絶)による脳死判定でも、
心拍・体温・血圧などの生命現象が維持される限り、脳幹部の血流や機能は残存している
(全脳死ではない)とも言える。外界から証明される血流停止もこのようにまた不完全な
ものでしかなく、真の脳血流の完全な途絶は実は心停止後である。
こうした脳死概念の医学的・科学的限界以上に、「脳死をもって死とする」ことの最大の
無理は人間の死が社会的側面を持つことからくる。
それは死を看取る周囲が如何にそれを受け止め納得するかということに代表されるが、我
が国と限らず、臓器提供にあっては必ず本人の意思と同時に家族の意向も無視し得ないの
も、死の社会的側面による。
もちろん「臓器は社会資源、或いは国家管理」と考え、本人並びに家族の意向は二義的と
する流れも、臓器不足と臓器・組織の商品化・市場形成の中で大きな潮流となってきた。
そうした意味で「臓器のモノ化」は今間違いなく急激なスピードで現実化している。
先に成立した我が国の臓器移植法が「本人同意」をまず第一に置いたのは、せめて臓器が
単なるモノとして扱われることを避けたいとする国民の気持のあらわれともとれるし、ま
た家族の同意もドナーとなる人と係わりの深い人達の了解によって、せめて臓器に人間的
感情を残しておきたいとするものだろう(「愛の行為」、「最高のヒューマニズム」等々
の宣伝もそれを表している)。
だがしかし、現実の臓器移植では臓器はモノ以外の何物でもなく、その品質の良し悪しで
評価の決まる、極めてクール(冷徹)な現実の中に置かれる。
確かに小児の臓器は“生きがよく、新鮮”で“加齢による品質低下”を受けておらず、お
まけに小児の臓器でも成人に移植されて十分に機能するものもあり、その分あつい目が注
がれてもいる。
「死」、特に「子どもの死」はさほどに受け入れ難く、親達は悲嘆と絶望のどん底に落と
される。そして臓器提供による生を願う。
しかしながら、他の子の中で生きる臓器は我が子の生きる姿ではなく、そこには人格も親
子の歴史も引き継がれはしない。
他方、臓器移植を唯一の治療法と告げられた親達も我が子の生を願う故に、必死に臓器を
求めどこか知らないところから“善意の”臓器が提供されることを願う。
もしも脳死に瀕した子とその親をよく知っていれば、決して口には出せない「あなたの子
どもさんの臓器を下さい」という言葉も、見知らぬ人々・世間や社会に対しては「子ども
の命を救って」という訴えとなって、移植を求める親達の口からあふれ出る。
臓器移植とは常にこのような残酷さを人々に強いるものであり、子どものそれはなおさら
である。かつてピッツバーグ大学で心臓移植を受けて助かったとされる三十人近くの幼児
達の後に背後霊のように同じ数の子どもの死をみてしまうのは私だけではないと思う。
小児科医として多くの子ども達の死を看取ってきた私は、医師として「命の選択」を出来
ない以上、脳死状態のA君の生も死も、臓器移植をすれば助かるかもしれないB君の生と
死も、それぞれが親としてしっかり受け止めて受け入れていって欲しいと思う。
A君はA君でしかない。B君もB君でしかない。幼い限られた命をその限りに生きて亡く
なっていった勇気ある子ども達と、たじろぎながらもその姿をしっかりと見届けた親御さ
ん達に心から敬意を表しつつ、親とは子どもの存在を守ること以上の役割を与えられたも
のではないことを更めて確認したいと思う。