映画『戦場のピアニスト』の中で使用されたショパンをご用意しました。

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 どの場面で使用されているのかは、映画を観てお確かめくださいますように・・・。

1.夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)  
2.夜想曲第19番ホ短調op.72-1
3.夜想曲第13番ハ短調op.48-1
4.バラード第2番ヘ長調op.38
5.バラード第1番ト短調op.23
 

6.ワルツ第3番イ短調op.34-2「華麗なる円舞曲」 
7.マズルカ第13番イ短調op.17-4
8.アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ

 (映画)戦場のピアニスト   (原題:The Pianist)                            

  

  1939年9月。ワルシャワはナチスドイツの前に陥落し、放送局でピアノ演奏の仕事をしていたウワディスワフ・シュピルマンは、翌年早々に家族と共に市内のユダヤ人居住区(ゲットー)に強制移住させられる。 不自由で屈辱的な生活ながら、かろうじて家族全員の安全が確保されていたのは2年半ほど。42年夏からはゲットーのユダヤ人が貨車で収容所に移送されはじめ、シュピルマン以外の家族は全員が収容所に送られてしまう。辛くも移送を免れた彼は、 ゲットー内での強制労働に従事しながら脱出の機会をうかがうことになる。

 ナチス占領下のポーランドで悪名高いホロコーストを生き延びたユダヤ人ピアニストの手記を、ロマン・ポランスキー監督が映画化。ワルシャワ・ゲットーに送り込まれたユダヤ人は50万人ともいわれ。 ドイツ軍撤退後にワルシャワ市内で生き残っていたユダヤ人はわずかに20人だったというから、シュピルマンは2万5千分の1の確率で戦争を生き延びたことになる。ポランスキー監督自身もユダヤ人で、第二次大戦中はクラクフでゲットーに収容され、 そこを脱出した後は各地を放浪しながら戦時下を生き延びた経験を持っている。この映画にはそうした監督自身の戦争体験が、色濃く反映されている。 

 この映画は、2002年カンヌ映画祭パルムドール(最高賞)を受賞した。この映画を、『シンドラーのリスト』 に重ねて見る人が多いと思うが、その映画監督のオファーをスピルバーグから受けたときにポランスキー は拒否している。 ポランスキーにとって、ナチス、ゲットー、フォロコーストは自らの心的トラウマの原点で ある。 実在のピアニストの視点を通して、ワルシャワのあの時代をポランスキーは見事に描き切り、たぶ ん自らの心的 トラウマをやっと克服したのだと想像する。              この映画では、ショパンのピアノが映画の重要な位置づけで使われている。

 

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          2003年2月16日