はじめに


バナナの木のまえで

サイパン神社にて
 



















 私がパガン島のことを知ったのは、義理の母の昔話からでした。

 母は子ども時代、国民学校の先生をしていた両親とサイパンからパガン島へわたり、終戦までを過ごしたのです。戦前のパガンは、美しい自然につつまれた、楽園のような島でした。島中に実ったマンゴーやパパイヤ。海には色とりどりの魚が群れをなし、山の湖には無数のシラサギが舞いました。子どもたちはバナナをいっぱい積んだボートを海に浮かべ、一日泳ぎ遊びました。そして戦争がはじまると、人々は空襲をさけて地下にもぐり、食べるものも底をつき、つらく苦しい日々を送ったのです。

 はじめて聞くことばかりのこの話に、あれもこれもと母に頼んで資料を集めていくうちに、遠かったパガン島の姿がすこしずつ見えてきました。そこで、みなさんにもぜひパガン島のことを知ってもらいたいと、このホームページを作ることにしたのです。 戦争を知らない私たちの世代、また、戦争があったことさえ知らない子どもたちが、すこしでもパガン島のことを心にとどめてくれることを願っています。

 ホームページを作るにあたって、「全パガン島戦友会」、また、「パガン島引き揚げ者の集い」の方々から、多大なご協力をいただいたことを感謝し、ここにしるします。


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