二つのアズマヤ

        車はマリ国境の高原を目指してハイウエーをぶっ飛ばしていた。窓の外には椰子畑
       の回廊が延々とつづく。ここは西アフリカのコートジボワール。私たち怪しい撮影隊
       は首都アビジャンから120キロ北にあるジュラ族の村に向かっていたのだ…。
       なんだか思わせぶりな書き出しだが、これはガンコ山にこの春完成した新東屋の
       ルーツについてのお話しなのだ。時は1992年、超低予算映画の撮影隊の一員として
       私ナガムラ隊員は西アフリカの田舎(?)の村を目指していた。象牙海岸といわれた
       コートジボワールはアフリカの日本とも形容される経済的に発展した国で、首都には
       ビルが立ち並び、そのすき間にはスラムがあって全員パンチパーマの人々(あたりま
       えか)がうごめく大都会なのだ。でも我々はもっとディープな所謂「アフリカ」が見たかっ
       たのね。

        到着したジュラ族の村は椰子畑の中にあった。出迎えた村人もやっぱりパンチ君
       だった(しつこい)。んで、ゲリ腹と夏ばてが同時にきたような脱水症状の中、過酷
       なロケが数日続くのだが、雨で撮影が中断した時のことだった。広場に建っている東
       屋で雨宿りをした。椰子の葉っぱでふいた屋根からはポタポタ雨漏りして首筋に落ち
       てきたりたりするのだが、夜燃やしていた丸太がまだ暖かい。ここは村の集会所のよ
       うになっていて、夜な夜な男衆が集まって砂糖ドボドボの紅茶をなめながらとりとめ
       のない話をする。                                     つづく
               
                     
                     
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