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あふりか〜なアズマヤU
しょぼふる雨の中、東屋からぼんやりと静まりかえった村の様子を、
点在する泥で作った住居を見ていた。ところがその家と家との間隔やこの東屋と
の間の取り方がみょうに安心感をあたえることに気付いた。近すぎず遠すぎずの距離
感というか人間サイズの空間の原型のようで、見ていいて懐かしくなる景色なのだ。
今から考えると、人が歩くと道が出来、そして人が集まると広場が出来る、それが都
市計画のような人為によるものではなく人々の生活、日々の営みから自然に造形され
た村の形、空間だった。それが懐かし感覚の正体ではないか。
もう少し詳しくその東屋について説明しよう。柱はそのへんのジャングルから切り
出してきたのであろう10センチ程度の丸太を掘っ建てにしている。簡単な竹の壁が
あって、屋根は椰子の葉っぱでふいてある。日中も中は涼しい(なにしろ外が暑いから)。
広さは10畳ほど、中央のたき火を囲むように丸太のベンチがあって、いつも一人紅茶を
飲んでる茶男が置物のように座っている。村人は国境を越えてやってきた難民たちだ。
山刀一つでジャングルを切り開き泥の家を作る。
家の柱も山刀で地面に穴を掘って埋めたものだ。
朝行くと紫の煙が椰子の屋根から立ち上っていたりする。
すこぶるシンプルな造りで、しかも手作りの温もりがある、東屋もそうだった。
